生きていくことは常に多くの感覚の入力を受けていくことです。この多くの感覚は常に同時に入力されていて、これらの感覚を脳はフィルターをかけながら処理することで、行為を行うことが出来ています。人は1つのことしか意識することが出来ません。(詳しくは<注意の配分性って間違えやすい…大丈夫ですか?>をご参照ください)この【意識】はいろいろな感覚が含まれていて、多くのことを知覚することで可能になっています。
家でソファーに座ってテレビを見ているときを例に考えてみます(図1)。テレビを見ている時はテレビが意識にのぼっています。この時、
- テレビ画面を見ている:視覚
- テレビの音声を聞いている:聴覚
の2つが知覚されています。つまりこの2つが知覚されることによって、<テレビを楽しむ>ことが可能になっていることになります。
また意識にのぼっていない感覚もあります。
- ソファーに座っている:体性感覚(触圧覚、深部感覚)前庭感覚など
これらの感覚は常に入力されていますが、意識にのぼっていないため知覚することはありません。もし2時間以上座りっぱなしであれば、腰が痛くなってきて痛みを意識し始めてしまい、テレビに集中できなくなるかもしれません。
この例の中で大切な感覚の統合は視覚と聴覚を統合することによって、テレビを楽しむことにあります。音が聞こえないないテレビよりも音が聞こえた方が楽しいと思います。もし視覚と聴覚が統合できなければ、聞こえている音がテレビから聞こえていると理解できないかもしれません。