「触れること」と「触れられること」

お読みいただいている皆さんありがとうございます。プロリハ研究サロンを運営しています、理学療法士の唐沢彰太です。(自己紹介はこちらから→唐沢彰太って誰?

リハビリテーション(以下:リハビリ)では、患者さんに触れることで様々な介入を可能にしています。同時に、患者さんは触れられることで様々なことを考えたり知ったりしていきます。この触れると触れられるは同時に行われていることもあり、理学療法士や作業療法士などのセラピストは触れることに注意を向け、患者さん側の触れられていることに注意する機会は少なくなっています。

そこで今回は、この「触れる」と「触れられる」から接触することの基礎と意識について書いていきたいと思います。

接触は外界との接点

手で頭をなでる。裸足で砂浜を歩く。芝生で寝る。

このような状況は、
・手のひらと頭が触れる
・足の裏が砂に触れる
・背中が芝生に触れる

といったように、ある身体部位が何かに触れていることを表しています。

この接触は情動と結びつきやすく、
・愛犬の頭をなでる
・あつあつの砂浜を歩く
・雨でぬれた芝生で寝る

というように少し具体的にすることで情動が働きやすくなったのではないでしょうか。

この接触は、外界との接点であり「どんな感じがするのか」「それは好きか嫌いか」が必ずセットで生じてきます。つまり、触れることで対象を知ることができて、自分にとってどうなのかを考える材料になっています。

一方で、触れたことがあるものと初めて触れるものでは触れ方が異なると思います。
初めて触れるものは、触れる時間や触れる場所の面積を出来るだけ短く・小さくして、「もし危険な物だったらどうしよう」「嫌な感じだったら…」などネガティブな情動が働きやすい状況です。
触れたことがあるということは、対象を「知っている」ことと同じで、触れた時の感じや気持ちが予測がつくため初めて触れるものとは明らかに異なった触れ方になります。

このことから、触れる時には対象を触れた時の感じや気持ちが「予想できるかどうか」がとても大切です。
加えて、触れる前から触れ方も決まっていなければなりません。
この触れ方には、
・どれくらい触れるか
・物のどこに触れるか
・自分の体のどこが触れるか

などが含まれています。

よって、行為を遂行することで接触が生まれる時には、動く前からその接触を「知っている」状態で始まることで様々なことがスムーズになっていきます

触れられることの意識

私が今働いている生活期の対象者は、多くのリハビリテーションを受けてきていていろいろなセラピストに触れられてきています。
すると、今触れているセラピストは動かし方や触れ方が上手いか下手かが分かるようになってしまいます。同時に、何指が圧が強いのかなどまで情報が細分化出来ています。

触れられるという経験は、非常に多くの情報をその人にもたらしていることの代表例です。
これは、リハビリテーションの介入そのものが患者さんや利用者さんにいろいろな経験をもたらしていることも表しているではないでしょうか。

このことを考えると、セラピストは触れることでいろいろなことを知っていくのと同時に、今触れられていることで患者さんにどういう意識経験をもたらしているのかを考慮しなければなりません。

この触れらてる時の意識を上手くコントロールして介入にいかすことができます。
触れられた時、もしくは動かされた時には必ず感覚が生じます。
また触れられた感覚と動かされた感覚は同時に入力されて、どちらを意識するのかは人によって異なります。

その意識をセラピストが意識して欲しいところにすることで、介入の効果が向上します。
例えば手部の接触が分かりにくく、手がどこにあるのか分からない人に接触の介入をしていく時には「手の触れる感じ」ではなく「手がどこにあるのか」を意識させていきます。
この時、肩や肘がどれくらい動いたのか、角度なのかに意識を向けることで手の位置がわかることがあるため、手に意識を向けるのではなく関節に意識を向けるような声掛けをします。
すると、手の位置がわからないことで触れている感じが分からなかった患者さんは、接触感が得られるようになることが多々あるんです。

 この様に、触れられていることと動かされていることのなにに意識するのかは、介入において非常に重要な要素になります。ぜひ参考にしてみてください!